初めてのブログ記事です。
正直かなりドキドキしながら、なぜかズボンを穿かずにPCに向かっています。
記念すべき初回は、私がメキシコに住みたい、移住したい、と思った理由について書いていこうと思います。
へいへいぼんぼんな事務員生活を送っていた私が、なぜメキシコに行こうなんて言い始めたのか、
興味のある方、
まぁ読んでも良いよって方、
べ、別に興味なんてないんだからね!
なんてツンデレな方もぜひ読んでいただけたら嬉しいです。
先に言っておくと具体的な理由はあんまりないです。
もう一度言います。
あんまりないです。
まずひとつめ。
いきなりざっくりな理由です。
正直に言うと、その番組名も、詳しい内容も覚えていません。
カラフルな街並みや、パペルピカド(紙でできた飾り)が出てきていたような気がします。
ソンブレロをかぶった、THE☆メキシコ人なマリアッチが楽しそうに演奏をしていて、それはそれは陽気な人々が映っていました。
そんな映像を見て、漠然と
「メキシコって良いところなんだなぁ、いつか行ってみたいなぁ」と思いました。
そしてふたつめ。
まずレゲトンとは何か…
レゲトン(スペイン語: Reguetón、英語: Reggaeton)は、80年代から90年代にアメリカ合衆国のヒップホップの影響を受けたプエルトリコ人によって生み出された音楽である。
源流はプエルトリコで流行っていた、スペイン語のレゲエ+プエルトリコの音楽(サルサ(Salsa)やボンバ(Bomba)とプレーナ(Plena))加わっている。(出典:wikipedia)
簡単に言うと、プエルトリコの音楽にスペイン語のレゲエを乗せた音楽。
といった感じでしょうか。
ダディ・ヤンキーなんか有名ですよね。
「いやプエルトリコの音楽やないかい!」というツッコミもあるかもしれませんが、
私はレゲトンを聞いてラテンアメリカの話すスペイン語の美しさに一目惚れ(一聴き惚れ?)しました。
そこから、漠然とメキシコ行きたいなぁと思っていた気持ちが大きくなり、「行きたいなぁ」から「行こう」に変わりました。
その頃から私は、友達と旅行の話をするたびに「わしゃメキシコに行くんじゃい」と宣言して、
それはそれはうざかったのではないかと思います。
スペイン語のテキストを買ってはちょっと手をつけてみて挫折の繰り返し。
「una luna muy bien(月が綺麗ですね)」しか言えませんでした。
いつ使うんじゃいこんなロマンティックセンテンス…。
ただ、そんな状態でもメキシコに行きたいという気持ちは変わりませんでした。
世界一周バックパック旅経験者の友達は、
「えっいいじゃぁ〜〜〜ん行きなよ行きなよ!いいとこだよ!」と3万%スマイルで勧めてくれました。
でもやっぱり気になるお金こと治安のこと。
当時は親元を離れて一人暮らしをしており、貯金がなくなることが幽霊より何より怖かったのです。
なんだかんだでもでもだってを繰り返す私をメキシコ旅行に駆り立てたのは次の理由。
もともとずっとプロレスが好きだった私、もちろんルチャリブレの存在も知ってはいました。
少し前から定期的に観ていた新日本プロレスでは、毎年1月にメキシコのプロレス団体CMLLから
たくさんのルチャドール(メキシカンプロレスラー)がやってくる興行があります。
その興行「Fantastica Mania」を見た瞬間、こんな格好良いプロレスが存在したなんて…!と雷に打たれたような衝撃が全身を貫き、電流のおかげか、なぜかその日はよく眠れました。(嘘です。)
「これはこの目で観ないと後悔する!今行かなかったらもうチャンスはない!」と謎の焦燥感に駆り立てられ、
親友にお願いし、メキシコについてきてもらうことに。
メキシコに行きたいと思って10年、ついにメキシコの地に降りた私。
10年も憧れた国に来たらどうなるか、身をもって感じました。
そのあとは怒涛でした。この2文字で察してくれたら嬉しみの舞です。
初めてメキシコにいってからわずか半年で、再度メキシコに行く決意をした私。
しかも今度は旅行じゃなく本気で住むために。住みたいから行く、なんという短絡的思考…。
と、10年の憧れは、今までの便利で快適な生活、たくさんの友達と離れてもしょうがないと思えるほど強かったです。
言葉も通じない、文化も全く違う土地で暮らすことに不安や恐怖がなかったわけではありませんが、
それよりもっと「きっと楽しい!」と思う気持ちの方が大きかったです。
いろんな人に迷惑をかけて行くんだもの、後悔したとは言いたくない。
目指すは「ここが私のアナザースカイ!メキシコ!」と爆裂スマイルで言えるようになること。
頑張ってまいります!